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チュニジア

(1) 背景

チュニジアでは,2010年12月に発生した貧困対策,雇用対策等を求めるデモが反政府デモへと発展し,2011年1月,ベン・アリ政権が崩壊した(いわゆる「ジャスミン革命」)。同年10月に行われた制憲議会選挙では,イスラム穏健派政党「エンナハダ」が第一党となり,同年12月,同党を主体とする内閣が成立した。

一方,同政変後には,「シャリーアの施行」を求めるイスラム急進派勢力の活動が活発化し,2013年には,世俗派の野党指導者が相次いで殺害されるなど,治安面での不安が高まったことを背景に,「エンナハダ」に対する非難が高まり,与野党の対立が深まった。しかし,同年11月,与野党勢力による対話が開始され,2014年1月には新憲法が可決された。さらに,同年10月には議会選挙が,また,同年12月には大統領選挙が実施されたことを受け,2015年2月にエシード内閣が発足し,民主化プロセスが完了した。2019年,大統領選挙及び国民代表議会選挙が実施され,法学者のカイス・サイード氏が大統領に就任した。2020年には,2月にファフファーフ内閣が発足したものの,国民代表議会与党との対立から退陣し,9月にムシーシー内閣が発足するなど短期間で首相が交代した。

(2) テロ関連動向

2002年4月,南部・ジェルバ島のユダヤ教礼拝堂付近で,「アルカイダ」幹部ハリド・シェイク・モハメドが関与したとされる自爆テロが発生し,ドイツ人観光客ら21人が死亡した。その後も,2006年12月から2007年1月にかけて,欧米権益等へのテロを計画していたテログループが摘発されたほか,2008年2月には,南部でオーストリア人観光客2人が誘拐される(2人は同年10月,マリで解放)事件が発生し,「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)が犯行を自認するなど,イスラム過激組織によるテロが相次いだ。

2011年の政変後も,イスラム過激組織によるテロが多発し,2012年9月に発生した在チュニジア米国大使館襲撃事件には,「チュニジアのアンサール・アル・シャリーア」関係者が関与したとされる(注85)。2013年には,首都チュニスで,世俗派の野党指導者2人が射殺される事件(2月及び7月)が発生した。同国政府は,両事件への関与等を理由に,同年8月,同組織をテロ組織に指定した。

また,アルジェリアとの国境に近い西部・シャンビ山では,2012年12月頃から,AQIM傘下組織「ウクバ・ビン・ナフィ旅団」によるとみられる治安部隊への襲撃や爆弾テロが続発しており,2014年5月の同国西部の同国内相宅襲撃テロ(警察官4人死亡)を始め,治安部隊への襲撃,爆弾テロ,当局への情報提供者の殺害等を繰り返している。2018年10月には,チュニジア軍部隊に対する襲撃テロを実行した。

「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)による「イスラム国」の「建国」宣言(2014年6月)以降,同国においても,同組織への忠誠を表明する勢力が設立され,同組織が拠点を有する隣国リビアとの間でイスラム過激主義者の往来があったと指摘されており,2015年3月にチュニスで発生した博物館襲撃テロ(邦人3人を含む外国人21人死亡),同年6月に北部・スース県で発生したリゾート・ホテル襲撃テロ(外国人38人死亡)等は,リビアで訓練を受けた者が実行したとされる(注86)。また,2016年3月に,南東部・メドニン県のリビア国境にあるベン・ゲルダンで,武装集団が軍の兵舎等を襲撃したが,同事件についても,リビアから流入したISIL戦闘員による犯行と指摘されている。

治安当局が取締りを強化したこともあり(注87),2017年には大規模なテロは発生していなかったが,2018年10月,チュニス中心部でISILとの関係が指摘される女による自爆テロが発生し,2019年には,ISIL関係者らが,西部ガフサ県で治安当局に対する爆弾テロ(2月)を,チュニスで連続自爆テロ(6月)を実行した。2020年9月にも,北部・スース県で治安当局者襲撃テロを実行した。

(3) 今後の展望

チュニジア西部では,依然としてISILや「アルカイダ」関連組織が活動しているほか,シリアやイラクに渡航してイスラム過激組織に参加した約3,000人(注88)のうち,既に800人が帰国したとの指摘(注89)や,南部ではリビアからテロリストが侵入しているとの指摘もなされており,引き続きテロの発生が懸念される。

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