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イエメン

(1) 背景

イエメンでは、オサマ・ビン・ラディンが南北イエメンの統一(1990年5月)前後から、父親の出生地である同国における共産主義勢力の排除を企図し、自ら同国に渡航して統一反対を訴えるとともに、「アルカイダ」の部隊に南部地域の都市部を襲撃させるなどしていた(注65)

その後、同国では、2000年10月の米駆逐艦コール爆破テロ事件を始め、イスラム過激組織によるテロが頻発したが、2001年以降、同国軍等による掃討作戦の結果、多くのイスラム過激組織関係者らが死亡し、又は拘束された。さらに、サーレハ大統領(当時)のイスラム過激組織懐柔策等によって、国内でのテロは沈静化した。

2011年には、同国においても、「アラブの春」の影響を受けた反政府運動等が活発化し、同年、サーレハ大統領(当時)が辞任を表明した。その後、2012年2月、ハーディー副大統領が大統領に就任し、国民の融和を図った。しかし、アブドゥルマリク・アル・フーシー率いるシーア派系武装勢力「フーシー派」(イエメン北部のサウジアラビア国境付近を主な拠点とする)は、2014年9月には、首都サヌアの政府施設を一時占拠した。2015年1月、同勢力がハーディー大統領が避難していた南部・アデンにまで迫ったことを受け、ハーディー政権は、アラブ連盟に軍事介入を要請し、同年3月、サウジアラビアを中心とする連合軍による空爆が開始された。

2018年12月には、国連仲介の下、同政権及び「フーシー派」がスウェーデンの首都ストックホルム郊外で和平協議を実施し、イエメン西部の港湾都市ホデイダでの停戦や同地からの撤退、捕虜交換等で合意したが、その後も戦闘が頻発している。「フーシー派」と同政権との衝突が続く同国は、「フーシー派」を支援するイラン及び同政権を支援するサウジアラビアの代理戦争の場と見られている。

さらに、2019年8月には、「フーシー派」やAQAP、ISILとの戦闘で同政権と共闘してきた南部分離派組織「南部暫定評議会」(STC)が、アデンに所在する大統領宮殿を占拠したことから、同政権とSTCとの間で戦闘が発生した。同年11月、サウジアラビア仲介の下、同政権及びSTCがサウジアラビア首都リヤドで停戦協定に調印し、2020年12月、同停戦協定に基づきSTC出身閣僚を含む新内閣が発足したが、その後も衝突が散発的に発生している。

(2) テロ関連動向

ア 「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)関連

AQAPは、2011年5月、反政府運動によるイエメンの政情不安が高まる中、同組織のフロント組織とされる「アンサール・アル・シャリーア」(AAS)が活動を活発化させ、南部・アブヤン州及び隣接するシャブワ州の大半を占拠したが、2012年6月には、政府のテロ対策強化等によって、それらの占拠地域を失った。2015年4月、AQAPは、「フーシー派」による反政府活動等に乗じ、東部・ハドラマウト州都ムカッラを占拠し、その後も、南部・アデン等で占拠地域を拡大させる動きを見せた。

2016年に入り、イエメン軍及びサウジアラビア主導の連合軍による掃討作戦が強化されたことで、AQAPは、4月にムカッラから、5月にアブヤン州ジンジバル等から逃走したほか、2017年も、米軍による反テロ作戦を受けて、アブヤン州やシャブワ州の占拠地域からの撤退が相次いだ。AQAPは、活動範囲を縮小したものの、その後もアル・バイダ州、アブヤン州等一部地域で、イエメン軍、STC所属の治安部隊、「フーシー派」、ISIL関連組織等に対するテロ活動を継続している。

イ 「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)関連

イエメンでは、2015年3月、首都サヌアのモスクで「フーシー派」を標的とした自爆テロが発生し、「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)の「サヌア州」名による犯行声明が発出されて以降、「ハドラマウト州」、「シャブワ州」、「アデン・アブヤン州」、「アル・バイダ州」等を名のるISIL関連組織の活動がうかがわれた。その後、イエメン軍等が掃討作戦を強化したこともあり、ISIL関連組織のテロ活動は停滞している。

(3) 今後の注目点

2020年12月、ハーディー政権とSTCによる新内閣発足後も、新政権と「フーシー派」の対立は継続している。同国の情勢は依然として不安定なままであり、同情勢が継続する限り、AQAPやISIL関連組織の活動は拡大の余地があり、その脅威は当面続くものとみられる。

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