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難民認定制度に関する検討結果(中間報告)

 

1 はじめに
-1  難民問題に関する専門部会設置の目的
 今日、難民問題は社会の大きな関心を集めており、昭和57(1982)年に発足した我が国の難民認定制度の在り方をめぐっても活発な議論が展開されているほか、紛争地域等からの避難民等に対する人道的な配慮や国際的対応の在り方を問い直す声が高まっているように思われる。
 そのような状況を踏まえ、法務大臣が各方面の有識者から、難民認定制度の今後の在り方について意見を聴取し、今後の法務行政に活かすため、本年6月11日、法務大臣の私的懇談会「出入国管理政策懇談会」の下に「難民問題に関する専門部会」(以下「専門部会」という。)を設け、現在、我が国の難民認定制度の中で議論の対象とされている事項のうち、(1)いわゆる「60日ルール」、(2)難民認定申請中の者の法的地位、(3)不服申立ての仕組み、の3点について検討を求め、諮問した。

 
 1-2  中間報告の目的
 専門部会においては、本年10月15日までの間、いわゆる「60日ルール」及び難民認定申請者の法的地位の2項目を中心として、合計7回、延べ約22時間にわたり、各委員が意見を交換したほか、東日本入国管理センター及び東京入国管理局を視察して難民認定を含む入管行政の実情を見聞し、さらに、複数の在京大使館の担当職員から各国における難民認定制度の仕組みと現状等について説明を受け、我が国で難民として認定され在留している者からその経験を聴取し、国際法学者から国際法の視点から見た難民問題について講演を受けるなどして、難民問題についての理解を深めることに努めた。
 その結果、専門部会における議論はいまだ完了したとはいえないものの、難民認定制度に関する法律改正のための準備期間を考慮すると、ひとまず現段階で専門部会の検討結果を取りまとめ、法務大臣に提言として提出し、参考に供することが有益であると考え、早期に実現されることが望ましいと考えられるいくつかの事項を中間報告として取りまとめることとしたものである。

 

2 難民認定制度の沿革、手続及び現状等の概要
-1  難民認定制度の沿革
 昭和25(1950)年12月14日の第5回国連総会で採択された決議に基づき、26か国代表から成る全権会議がジュネーブで開催され、昭和26(1951)年7月28日、「難民の地位に関する条約」(以下「難民条約」という。)が採択された。難民条約は、難民問題に国際的に取り組むために、締約国に、難民を迫害が待つ所に追放又は送還しないこと及び自国に滞在する難民については積極的に諸種の権利を認めること等を義務付けたものである。
 我が国は、難民の受入れを、国際社会において果たすべき重要な責務と認識し、昭和56(1981)年に難民条約に、次いで昭和57(1982)年には「難民の地位に関する議定書」(以下「議定書」という。)に順次加入したが、それらへの加入を控えた昭和56年3月13日の閣議において、難民認定事務の取扱いに関し、「条約及び議定書の実施に伴う難民の認定は、政府として統一的に行うこととし、法務大臣がこれを主管するものとする」ことが了解された。そして、この閣議了解を受けて、それまでの「出入国管理令」に現在の難民認定制度を盛り込んだ「出入国管理及び難民認定法」(以下「入管法」という。)が定められ、難民条約及び議定書が効力を生じた昭和57年1月1日、これが施行されて、現在に至っているものである。

 
-2  我が国の難民認定制度における「難民」の意義
 入管法にいう「難民」とは、難民条約及び議定書が定める「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由として本国(無国籍者にあっては常居所国)において迫害を受ける十分に根拠のあるおそれが存在し、そのために外国に逃れている者であって、そのようなおそれのために本国の保護を受けることができず又は受けることを望まないもの(無国籍者にあっては常居所国へ戻ることができず又は戻ることを望まないもの)」とされている。
 したがって、我が国の難民認定制度においては、「迫害を受けるおそれがある」ことが極めて重要な要因となるが、その反面,避難を必要としている者であっても、その原因が、例えば、戦争、天災、貧困、飢饉等にあり、それらから逃れて来る人々については、難民条約又は議定書にいう難民に該当するとはいえず、「難民」の範疇には入らないこととなる。

 
-3  難民認定手続等
2-3-1 申請期間
 難民の認定を申請する者は、日本に上陸した日、あるいは我が国にいる間に難民となる事由が生じた場合はそのことを知った日から60日以内に申請を行うこととされている。
 これは、外国人が本国における迫害から逃れて我が国に庇護を求める場合、速やかにその旨を表明することが通常であることから、日本の地理的、社会的実情から見て、申請窓口である地方入国管理官署に行くために必要と考えられる期間として設定されたものと説明されている。ただし、事故・病気等のやむを得ない事情がある場合には、60日を経過した後であっても難民認定の申請をすることが可能とされている。

 
  2-3-2 立証責任及び事実の調査
 難民であることの立証責任は,申請者に課せられている。もっとも、難民認定の申請者は、一般に我が国においてその立証を行うことが困難な場合が少なくない。そこで、申請者の提出した資料のみで適正な認定ができないおそれがあるときは,難民調査官が事実の調査をすることとされており、難民調査官は、この調査のため必要があるときは、関係人に対し出頭を求め、質問をし、又は文書の提示を求めることができることとされている。公私の団体等に照会して必要な事項の報告を求めることも認められている。
 難民認定の過程における「事実調査」は容易でなく、そのために処理が長期化する案件も少なくない。特に最近は、認定制度を濫用する者が各種証明書を偽造するなどして行使する事案が増加しており、事実認定は一層困難かつ複雑となりつつある。
 このため、法務省では、難民調査官の数を増やしたり、難民調査官に対する研修体制を充実するなどして、調査能力の向上に努めているが、今なお難民調査官の人員不足は否めない。

 
  2-3-3 難民の認定・不認定の通知及び不認定に対する異議の申出
 法務大臣が難民の認定をしたときは、申請者に対し難民認定証明書が交付され、認定をしないときは、申請者に対し理由を付して不認定である旨が通知される。
 難民と認定されなかった者は、その処分に不服があるときは、通知を受けた日から7日以内に法務大臣に対して異議を申し出ることができる。
 行政不服審査法においては、行政処分に不服のある者は60日以内に異議を申し立てることができるとされているが、難民認定手続については同法の適用が除外されている。これは、難民の認定に関する処分の当否は早期に決着をつける必要があること、難民であるか否かは本人が最もよくこれを知り得る立場にあることなどから、難民該当性を否定する処分に対する異議申出の期間を7日以内と定めた旨説かれている。

 
  2-3-4 難民認定の効果
 難民と認定された外国人は、その効果として、難民旅行証明書の交付を受けること、永住許可要件が一部緩和されること、退去強制事由に該当する場合でも法務大臣による在留特別許可を受けることが可能となること、などの効果がある。
 また、社会保障の面から見ると、自国民あるいは一般外国人と同じ取扱いがなされるため、我が国において国民年金や児童扶養手当等の受給資格が得られることとされている。

 
-4  我が国における難民認定状況の概要
 難民認定制度が発足した昭和57年から平成13(2001)年までに難民として認定された者は、合計291名である。最近は、認定される者が増加傾向にあり、平成12年は22名であったが、平成13年は26名が認定されている。
 難民認定率(認定数/認定数と不認定数の和)を見ると、平成12年における我が国の認定率は約14パーセント(認定数22名、不認定数138名)である。なお、各国の難民認定数や認定率は、その地理的・歴史的背景などから単純には比較できないが、イギリスの認定率は12パーセント(認定数1万185名、不認定数7万1,885名)、ドイツは15パーセント(認定数1万1,446名、不認定数6万3,437名)、オランダは7パーセント(認定数1,808名、不認定数2万2,824名)、スウェーデンは2パーセント(認定数480名、不認定数2万658名)である。
 また、平成13年を例にとると、難民として認定されなかったものの人道的観点から特に在留を認められた者が67名おり、難民として認定された者と合わせて93名、約27パーセントの者が実質的に我が国の庇護を受けている。
 なお、昭和50年代、インドシナ三国(ヴィエトナム、ラオス、カンボディア)で相次いで政変が発生し、社会主義体制へと変革されたことに伴い、新しい体制の下で迫害を受けるおそれのある人々や新体制になじめない人々が難民となって周辺諸国へ流出を始めた。これらのヴィエトナム難民、ラオス難民及びカンボディア難民を総称してインドシナ難民という。昭和50年から平成13年までの間に、我が国には1万4,322人のインドシナ難民が入国し、そのうち1万797人が我が国での定住を認められている。

 

 

 難民問題に関する基本的理念と方向性
   我が国において難民認定制度が発足した昭和57年以降の世界の動向を見ると、欧州地域においては東西冷戦の終結による避難民(displaced persons)の発生、旧ユーゴスラビアの解体に伴うバルカン半島からの大量の避難民流出等があり、アフリカにおいてもルワンダにおける200万人以上の避難民発生等、人道的見地から緊急援助が必要とされる避難民の問題が相次いで発生しており、これらの問題は近年特に重要度を増している。
 他方、2001年9月11日発生の米国同時多発テロを端緒として、テロリストの排除が各国における重要な課題とされたことに伴い、難民を仮装して入国を企てるテロリストないし犯罪者の入国防止も各国の入管当局に課せられた重要な責務とされている。
 さらに、経済の国際的拡張が進展する中で、経済的により良い生活を求めて貧しい国から豊かな国へと国境を移動する人々(合法・非合法を問わず)の存在と、それらの人々が受入れ国の社会に与える様々な影響が大きな社会問題として顕在化しつつある。
 このような国際情勢の下で、難民問題は我が国全体として真剣に取り組むべき課題であると考える。そして、今日の国民一般の人権や人道に対する意識の向上、自由民主主義国家として基本的人権の保護を掲げる我が国の国際的立場や責任等にかんがみると、社会の安定等慎重に考慮すべき問題はあるものの、基本的には、難民問題の解決に積極的に取り組む姿勢を示すことが望まれているものと思われる。すなわち、真実、政治的迫害等から逃れてきた難民として庇護を必要とする者を迅速かつ確実に難民として認定し保護することは極めて重要である。それと同時に、難民認定手続を他国への入国あるいは在留の手段として悪用する者、いわゆる偽装難民を的確かつ早期に我が国から排除するシステムの構築も併せて考慮される必要があると思われる。
 このような理念と認識に基づいて、我が国の難民認定制度が,現行制度以上に人道的配慮が払われ、かつ、透明性・公平性を備えたものとして構築されることを目指して、以下のとおり提言するものである。

 

4 難民認定制度における検討課題と提言
-1  いわゆる「60日ルール」について
 いわゆる「60日ルール」、すなわち難民認定申請を60日以内に行うという期間制限が厳格に適用されれば、難民条約上の難民に該当する者であっても、60日以内という申請期間を経過したことを理由として難民認定を受けられないという不当な結果を招きかねない。そのため、「60日ルール」の厳格な適用は行わず、申請期間内に申請されたかどうかにとらわれず、難民であるかどうかの実体審査を重視すべきであるとの批判があり、これが難民不認定処分取消訴訟における主要な争点の一つになっていると指摘されている。
 他方、60日を経過した後の申請であっても、申請が遅延したことに「やむを得ない事情」があるときは申請が許容される旨の規定があるが、「やむを得ない事情」をいたずらに拡大して運用するのではルールの形骸化を招き、申請期限を無意味なものとするおそれがある。
 専門部会においては、これらの批判や問題点を視野に入れながら申請期間を設けることの当否及びその期間の長短等について検討を加えたが、「欧州諸国において難民認定申請期間を設けている国(仏、スペイン、ベルギー等)と比較しても、現行の60日は期間として十分であると思われ、60日経過後の申請についても「やむを得ない事情」を柔軟に解釈して運用すれば足りるのではないか」、「真の難民であれば、申請期間に関係なく認定されるべきであるから、申請期間を撤廃してよいのではないか」など様々な立場があることを認めつつも、我が国に庇護を求める者は入国して間もない時期に申請を行うことが通常であると思われること、また、無期限に申請を認めると証拠の散逸等により適正な難民認定が妨げられるおそれがあるばかりか、濫用者を誘発するおそれもあること等から、申請期間を設けることには、現在でも合理的理由があると考える。そして、この申請期間の問題を、難民認定制度全体の中での公平性、透明性にかかわる問題と位置付け、我が国が、今後、積極的に難民を受け入れていく姿勢を国際社会に示すメッセージとして、申請期間を現在より延長し、これを6月ないし1年とする方向で法改正されることを提言する。

 
-2  難民認定申請中の者の法的地位
 現行法の下では、難民認定を申請した者が、正規在留者であればその在留資格がそのまま保持されることが可能であるが、不法滞在者であれば退去強制事由該当者として退去強制手続が進められることとなる。そのため、申請者が不法滞在者の場合、難民認定申請手続と退去強制手続が同時に進行することとなり、申請者が退去強制手続のため当局に収容されることについて、難民認定申請中の者を収容することは人権上問題であるとの批判があることも事実である。
 また、申請者が合法的に在留している場合の在留資格内訳を見ると、大多数が「短期滞在」で在留し、当面の生計を維持するために資格外活動の許可を受けた上で就労しているが、難民認定申請中であれば資格外活動許可を受けて就労できるとの情報が流布し、我が国での就労のために難民認定申請を行う者が後を絶たないという実情にも目を向ける必要がある。
 他方、難民認定申請中の者のうち衣食住に欠ける等生活に困窮する者に対しては、昭和57年7月の難民行政監察に基づき、外務省が予算措置を講じ、翌年から保護措置を実施し、平成7年以降は外務省が財団法人アジア福祉教育事業財団難民事業本部に同事業を委託して実施している。
 このような実情を踏まえて専門部会において検討を重ねた結果、難民認定申請者については、安心して審査が受けられるよう、(1)法務大臣による難民認定の許否の決定(異議申出を含む。)が下されるまでの間は、退去強制事由該当者であっても退去強制されないよう法的に保障すること、(2)政府として衣食住の提供や保護施設の設置等必要な経済的・物質的保護措置の充実を図り(NGOとの効果的な連携も検討する。)、申請者が審査を受けることに専念できるような生活環境を確保することを提言する。ただし、経済的・物質的援助を目当てとする難民認定制度の濫用者を排除することに努力する必要がある。

 
-3  関連する提言
 難民認定申請に対する判断が遅延することは好ましくないので、真の難民を保護し、審査手続の合理化・迅速化を図り、審査が1年以内に終結することを目途とした難民調査官の大幅な増員、適正な人員配置、難民調査官の能力と専門性向上のための研修等の充実・強化、及び、適切な通訳の確保に努められることを要望する。
 さらに、難民認定制度濫用者を排除する基準ないし指針として、外国において既に難民不認定処分を受けた者、明らかに安全な第三国を経由して来た者、身分事項を偽り又は偽造証明書を提出するなど不正の手段を用いて庇護を受けようとする者等を排除している欧州諸国の対応が参考にされてよいであろう。

 

 今後の課題
   真に政治的迫害等から逃れて我が国に難民として庇護を求めて来た者については、迅速に庇護し、必要に応じた援助を行うことが望ましい。これを実現するため、関係省庁が真の難民の円滑な受入れ体制を整備するため相互に緊密な連携を保ちつつ積極的に取り組んでいくことを希望する。
 また、新たに構築される難民認定制度は、全体として合理性と透明性の高められたものであることが要請されているのであって、例えば、不認定理由の具体的で明確な告知などについて改善が図られる必要がある。
 なお、難民不認定処分に対する不服申立ての仕組みが外部から分かりづらく、また、不服申立ての効果に疑問があると指摘されており、この点については今後更に検討を継続することとして、今回の報告では取り上げないこととした。
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